CASE-7
KAWORU/REI
まいったな、
それが正直な僕の感想だった。
少し、彼女を挑発し過ぎたみたいだ。
僕もそれ程自惚れは強くはない、一回シンジ君を抱いたくらいで勝利宣言を
するつもりはないさ。
大体、あのシンジ君の様子からするとまだ何もわかっちゃいない。
今更後悔しても遅いけれど、もっとはっきりさせておくべきだった。
格好をつけ過ぎるのは身の破滅を招く。
今日のアスカ君の出方によっては、ひょっとしてひょっとするかもしれない。
・・・・・いや、まさか。
少なくとも、僕の方が彼女よりも余程シンジ君に近い位置に居る。
でも・・・・・・それだけだ。
それだけで、僕はどれだけシンジ君の心を掴めるだろう?
彼女の持つ強力な武器に、僕は太刀打ちできるだろうか?
もどかしいな・・・・・
一体何をやっているんだ、こんなところで。
僕は生徒会報の原稿を睨み付ける。
集中できない僕の仕事は遅々として進まない。
本当だったら、僕の隣にはシンジ君が座っているはずだったんだ。
一緒にこの仕事をして、一緒に帰るつもりだった。
それなのに、この僕としたことが後れを取った・・・・
敵ながらなかなかやるじゃないか。
称賛に値するね。
でも、ここまでだよ。
それ以上は許さない。いや、許せないんだ。
相手が誰であろうと。
怪しかった空から遂に雨が落ちてきた。
なんてことだ、空まで僕に反旗を翻すつもりだな?
傘なんて持ってきていない、こんな仕事は早々に切り上げて帰ろう。
どうせやっていたって無駄だ、進みはしないさ。
集中してなんかいないんだから。
僕は適当に机を片づけると、席を立つ。
「何処に行くの、カヲル・・・・・・」
淡々とした声。
そうだった、彼女の存在をすっかり忘れていた。
彼女が残っているかぎり、僕が帰ることは不可能に近い。
綾波 レイ。
副会長であり、僕の厳格なる従姉妹殿。
僕たちは良く似ている。
何処がとははっきりとは言えないが、僕たちの持つ雰囲気が似ている。
僕たちの態度や発言はしばしば周りの者を驚かせることがある。
余りにも似た行動を取るからだ。
しかし良く似ているからといって、レイが僕のやること全てを無条件で
許してくれるわけではない。
レイにはいささか真面目すぎるきらいがある。
「・・・・・雨が降ってきたからね、帰ろうと思って、レイも早めに切り上げたほうがいいんじゃないかい?」
「私は置き傘があるから・・・・・カヲル、傘がないの?」
「まあそうだね、」
「そう・・・・でも何方にしろ今帰れば濡れるわ、私も帰るから一緒に入って
行けば?・・・・・カヲルさえよければ・・・・・」
珍しいこともあるものだ。
あの、真面目なレイが仕事途中でも帰るなんて。
この頑固で融通の利かない従姉妹は、自分に与えられた仕事を完璧確実に為なければ
気が済まない質らしく、こうと決めたらどんなに遅くなろうと自分の仕事を
終わらすまではてこでも動かない。
さすがの僕も、そんなレイに閉口させられることがしばしばだ。
「・・・・・じゃあ、そうさせてもらうよ、」
僕はレイの帰宅仕度が終わるのを待って、一緒に学校を出た。
雨はさっきよりも激しくなっている。
この季節には珍しい降り方をする。
レイよりも背の高い僕が傘を持った。
一つの傘の下、レイと二人。
入れてもらっていながらなんだけれども、相手がシンジ君だったら雨でも嬉しかった
けれど、レイでは別にどうということもない。
「悪いねレイ、入れてもらっちゃって、」
「・・・・・別に、」
レイは極端に口数が少ない。かと言って単に大人しいのとは違う。
そんなレイは周りから変わり者に見られている。
僕が言うのもおかしいが、レイは我が従姉妹ながら美人だ。
けれどこれといって浮いた話しは一つもない。
共学だというのに・・・・・
其の要因として、彼女の性格が災い為ていることは容易に想像が付く。
まぁ、共学だというのに男のシンジ君に夢中になっている僕も僕だけれど。
今ごろシンジ君はアスカ君と何処にいるんだろう。
まさか、こんなシュチュエイションになっているんじゃないだろうか。
彼女は積極的だから、油断がならない。
しかし、この僕がこんなことで悩むことになろうとは。
案外僕もどうしようもない男だな。
「碇君にははっきり言わなければ、伝わらないわよ・・・・・」
「え・・・・?」
「好きなんでしょ、彼のこと、」
唐突にレイが話しだす。
隠しているつもりもないので僕は正直に言う。
「・・・・・そうだよ、好きだよ、誰よりもね、」
それにしても珍しい、レイが人のことに口を出してくるなんて。
一体どういう風の吹き回しだろう。
しかもシンジ君のことで。
「珍しいね、レイの方から僕にアドバイスをしてくれるなんて、」
「・・・・・・生徒会長のあなたがそんな調子だと、仕事が進まないの。」
レイは僕の方をちらりとも見ずに言った。
・・・・・全く会長の僕より余程仕事熱心だ。
僕など居なくとも、レイさえいれば生徒会は立派に成り立ってゆくよ。
おもわず僕は苦笑した。
「悪かったね、レイ。迷惑をかけて・・・・・・・」
「別に、謝らなくてもいいわ、」
レイはそう言うと、あとは黙ってしまった。
僕も黙って歩いた。
雨脚が強くなってる。
この雨に傘一つでは辛いな。
肩が濡れている。
僕は走って帰ることを決意した。これではレイも濡れてしまう。
「レイ、僕は走って帰るよ。入れてくれてありがとう、」
「・・・・・・・いいの?」
「ああ、悪かったね、じゃあ、」
レイに傘を渡すと僕は雨の中を走りだした。
僕たちは良く似ている。
だから、知らない振りを為ておこう。
レイ・・・・・
君がシンジ君を好きだったことを。
CASE-8
ASUKA
キス、しよっか・・・・・
いいわよシンジ、キスしても。
あんたになら特別に許してあげる。
シンジは驚いてる。
馬鹿な面してないで早くきなさいよ。
私は顔をシンジの方へ近付けた。
そして、目を閉じる。
さあ、後はあんた次第よ。
まさか、私に恥をかかせたりはしないわよね。
暫くして、シンジの近づいてくる気配がある。
シンジの呼吸を感じた。
でも、なかなかキスを為てこない。
何やってるのよ。
じれったい!
遂に私は自分からシンジに口唇を押し付けた。
冷たい。
雨で冷えちゃったんだわ。
私の胸に押し付けてるシンジの手が緊張してる。
女の子とキスするの、初めてなんだ。
それはそうよね。
他の女となんかキス為てたら許さない!
でも、本当は私も緊張してる。
キスなんて、大したことないのに。
・・・・・そうよ、キスなんて大したことない。
私は口唇を放した。
シンジはぽかんとした顔をして私を見てる。
「・・・・・ア・・・・アスカ・・・・」
馬鹿ね、キスの最中にそんな間抜けな顔してるもんじゃないわよ。
目ぐらい瞑ってよ。
「・・・・・シンジ、キスの先も、してみる?」
「えっ・・・・?!」
私はシンジに囁きかける。
胸に押し付けたシンジの手を、更に強く押し当てた。
感じる?ねえ、シンジ?
あんたも男だったら感じるでしょ?
男と女、それが自然な形。
それに私、もう子供じゃないわ。
だからお願い、シンジ、私を見て。
私知ってるのよ、あんたがカヲルと寝たこと。
だって、シャツの襟から覗くその跡がただの痣じゃ無い事ぐらい私にだって分かる。
でも、大切なのは行為じゃないわ。
結果よ
だから、私は結果を出してみせる。
シンジは困惑した顔をしてる。
私はブラウスの中にシンジの手を誘い込もうとした。
私には自信があったの。
シンジはきっと私を好きになる。
私は綺麗でしょ、カヲルより、
私は魅力的でしょ、女だもの、
きっと好きになるはず・・・・
シンジの冷たい指が私の肌に触れた瞬間、脅えたようにシンジが手を引いた。
「・・・・・シンジ・・・・・?」
「ご・・・・ごめん!」
シンジはそう言うと、私に背を向け外に飛びだした。
「シンジ、待って!」
私は急いで呼び止める。
けれどシンジは、呼び掛けに振り返ることをしなかった。
冷たい雨の中シンジの背中が遠ざかる。
私は茫然と見送るしかなかった。
言葉が出ない。
ショック・・・・・・・
そんなもんじゃないわ・・・・
目の前が真っ暗
嘘・・・・・
嘘でしょ・・・・・?
ねえ・・・・シンジ・・・・・
どうしてよ・・・・
私はこんなにシンジが好きなのに、
そうよ、好きなのよ!
あの、優柔不断なところも、
直に謝る馬鹿げた性格も、
頼りないところも、間抜けな顔も、
融通が気かない処も、鈍感なところも、
それだけじゃない、
細い指も、穏やかな声も、さらさらの髪も、優しい目も、シンジの全部が好きなの!
誰よりも!
渡したくないのに!誰にも!誰にも!
あいつが呼ぶのは私の名前じゃなきゃ嫌!
手を触れるのは私じゃなきゃ嫌!
隣にいるのは私じゃなきゃ嫌!
嫌!嫌!嫌!
嫌なの、嫌なのに・・・・・・・
駄目なの?
ねえ、どうして・・・・
シンジ・・・・・
やっぱり、カヲルがいいの?